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Designer's interview

ダカールで紳士服ブランドを手掛ける日本人<上>

 アフリカ大陸最西部に位置する、セネガルの首都ダカール。新空港の開港、副都心開発など、急激なスピードで発展を続ける人口105万のこの湾岸都市は、にっちもさっちもいかない交通渋滞や砂埃に包まれた町の喧騒と相まって、闇雲に激しいエネルギーに満ち溢れている。
 
 そんなダカールで紳士服ブランドLA SAPOLOGIEを手掛ける村木理起氏。途上国におけるソーシャルビジネスが流行するなか、フェアトレード、雇用創出、貧困削減といった目標はあえて掲げず、製品そのものとそれを着用する現地モデルの着こなしを通じてアフリカの地位向上に挑む姿は、他に類をみない。
 
 ネガティブなイメージが持たれがちなアフリカの、真の可能性を世界に証明するのが狙いという村木氏に、起業の経緯や狙いを聞いた。(聞き手も村木理起)2017年12月

 

—LA SAPOLOGIEの事業内容を教えていただけますか。

村木理起氏(以下、村木):
現地の仕立て人とともに、現地で調達した布を使って紳士服を作り、販売しています。ですが、売り方がわからないので、まだ家にたくさんあります。売るよりも作るほうが楽しいので、溜まってしまいました。
年末ごろにはウェブサイトでの販売を開始したいと考えています。(2017年末現在)

 

 —作るほうが楽しいということは、村木さんは表現者なのですね。

村木:
そうかもしれません。頭に浮かんだアイデアやインスピレーションが、形になって出来上がった時、さらに、それを、イメージ通りにモデルが着こなしてくれた時が、一番嬉しいです。

 

—なるほど。そのアイデアやインスピレーションは、どのようにして浮かぶのでしょうか。

村木:
もともと、音楽やダンスが好きで、DJをしています。以前は、週末はディスコに入り浸って、踊ったり回したりしていました。そこで出会う現地の男の子たちのダンスやおしゃれが強烈な印象だったのです。「チャラい」という表現が一番しっくりくると思います。自分が女性だからこそ持っている、男ってわからないという想いや、魅力的な男性への憧れ、または、ハンサムな男性を品定めするようなマダム的視点が、紳士服クリエイションの動力となっています。

また、音楽からインスピレーションを受けることも多く、流行歌のミュージックビデオからヒントを得ることがあります。

私が、自分のブランドを、夜遊び好きな男の子たちの、ちょっと気取った悪いコファッションと位置付けているのは、そういうわけです。

 

—なるほど。では、そのチャラいファッションが、どのようにアフリカのポテンシャルを世界に証明することに繋がるのでしょうか。

村木:
まずですね、アフリカというと、ネガティブなイメージが持たれがちです。アフリカ=貧困、紛争、病気、飢餓など。日本で、「アフリカに行く」というと、「ボランティアですか?」と必ず聞かれるほどです。多くの方は、アフリカは遅れていて、支援の対象というイメージを持っています。このようなネガティブイメージを打破したいのです。

確かに、アフリカにはほかの地域より問題が多いかもしれませんが、決して不幸な大陸ではありません。セネガルには楽しい音楽もあるし、闇雲なエネルギーもあるし、人懐こさもあるし、面白いものがたくさんあるのです。

また、セネガルには“着倒れ”という言葉があるくらい、おしゃれ好きが多い国です。したがって、生地をテイラーに持ち込んでオーダーメイドで服をつくる文化の根付く西アフリカの中でも、腕のいい職人が結構います。サポロジーは、彼らと協力して服を作っています。

そして、お願いしているモデルは、だいたい夜遊びや、道で出会った友達です。モデルを目指している子もいますが、全員ではありません。今日乗るはずだったバス代が無い子や、電気がない家に住んでいるような、厳しい生活をしている子もいます。

サポロジーは、セネガル人が質の高い服を作ることが出来るということ、現地の男の子がセネガル製の服を着こなした姿を世界とシェアすることで、セネガルのポテンシャルを証明したいのです。セネガルは実はすごいところなんだということを、セネガルのファッションを通じて知ってもらいたいのです。

 

—セネガルに対する思い入れが強いですね。生活環境が厳しいと思いますが、セネガルに住むきっかけは何だったのでしょうか。

村木:
セネガルには2013年から住んでいます。その前は、2010年から3年間、日本大使館の仕事でベナンに住んでいました。それまでアフリカには全く興味がなく、むしろフランスに行きたくて、フランス語を勉強していました。それが、フランスには行けず、仏語圏ということでベナンから内定が出たのです。フランスはダメだったけど、ベナンは勤務地が海沿いの街だったので、いけそうな気がして内定をお受けしました。

実際はたいへんでした。最初の1年半は、ベナンの仕事が終わったら、二度とアフリカには足を踏みいれないと誓っていたほどです。しかし、気づいたら、アフリカが好きになっていました。

ベナンの仕事が終わるころ、もう少しアフリカを見てみたかったのでセネガルでの国際協力のポストに応募し、移転しました。



—その後、LA SAPOLOGIE立ち上げに踏み切ったきっかけは?

村木:
ベナンにいた頃から、数年後にはアフリカで起業できたらと、ぼんやり考えていました。最初はディスコを経営したいと思っていました。ベナンでは、風船が飾り付けてあるような時代遅れなディスコで、老若男女が、滝のような汗を掻きながらナイジェリアやコートジボワールのアフロポップスで踊り狂っています。ベナンの人が狂ったように楽しそうに踊っているのを見るのも、西アフリカのヒットソングも大好きだったので、いつか自分の選曲でベナン人を踊らせてみたいと思うようになり、DJを始めました。

2013年にダカールに移り、ダカールの夜の帝王的な方にディスコ調査に連れて行ってもらったこともあります。帝王とその取り巻き4人でリゾート地のディスコ買収調査に出かけたときは、このまま回されるのかと思いましたね。

ダカールのバーやクラブで印象的だったのは、昼間サーフィンをやっているような男の子や、無職だから毎晩ディスコに集まるしかないストリートダンサーたちが、おしゃれをして盛り場に繰り出す雰囲気です。その、音楽とダンスとファッションが入り混じったような雰囲気が気に入り、それらを凝縮した服を作ってみたくなりました。それで、ダカールでの仕事を終えるころ、紳士服ブランドを始めることにしました。

一旦帰国した後、2016年1月にダカールに戻り、LA SAPOLOGIEを立ち上げました。

<下に続く>